1985年頃、NYのビレッジバンガードで撮影

ジャズは個人的な音楽

世界的なジャズ・トランぺッターである日野皓正氏の少年ドラマーに対する、いわゆる体罰がワイドショーネタとなっています。私の記憶する限り、これほど大きく日本人ジャズマンが取り上げられたのは、1970年代後半に、有名女性ジャズシンガーが、付き合っていた男性ギタリストの妻に刺されるという事件以来と思います。

体罰の是非についてはワイドショーなどに譲りますが、自分もアマながらもジャズを演奏する身なので日野さんの気持ちは良く分かります。この事件はジャズという音楽の本質を図らずも垣間見せた格好となりました。

ジャズとロックやクラシックはどこが違うのか。一番大きいのはミュージシャン個人の自由度の違いです。クラシックやロックはあらかじめ譜面があり、それに沿って演奏、譜面を再現しますので、予想外のハプニングはさほど生じません。しかしジャズの場合には、この自由度が格段に大きいのです。

例えば「枯葉」というスタンダード曲を演奏する場合、テーマを1コーラス弾いた後は、曲のコード進行を尊重しつつ、各ミュージシャンが自由に演奏できます。これをソロ、アドリブ、インプロビゼーションなどと言いますが、サックス、ピアノ、ベース、ドラムスの4人編成のバンドの場合、テーマ演奏の後、サックスが何コーラスかソロを取り、その後に、ピアノが何コーラスかソロを取って、ベースやドラムスに回していくわけです。

「各自が自由に演奏したらメチャクチャにならないか?」という疑問もあるでしょうが、曲のコード進行が決まっており、それに沿って演奏しているので、基本的にはまとまった演奏に聞こえます。

ミュージシャンが自己を自由にアピールできるソロのパートが大きいのがジャズの特徴です。自由度が大きいので、同じ曲を演奏しても、昨日と今日で全く違ったソロになることも少なくありません。例えばチェット・ベイカーというトランぺッター・ボーカリストがいましたが、My funny Valentine という曲を何回も録音しました。しかし演奏ごとにソロが違っているので、そこに面白味があります。その時々のミュージシャンの気分によって大きく変わってくるわけです。

こうしてみると、ロック、クラシックを「グループの音楽」とすれば、ジャズは「個人の音楽」と言えるでしょう。ロックの場合、ジャズほどの自由度はありません。またミュージシャンがグループを結成すると、同じメンバーで長く演奏し続けることが多いですが、ジャズの場合、例えば「日野皓正グループ」と言っても、リーダーの日野さん以外のメンバーはしょっちゅう入れ替わっているのが実情です。グループのリーダーが、彼の音楽的主張を一番強く打ち出せると思うまで、メンバーが定着しないこともあります。

聴く側もそれを心得ていて、ジャズをグループ全体の音楽として評価する一方、各ミュージシャンの力量を個別に評価するということも一般的です。例えば「ピアニストは下手だったが、ベースは良かった」とか「サックスはうまいが、あとのメンバーは下手だった」などの論評もよく聞きます。このように個人的な力量が認められた人は、より有名なミュージシャンのバンドに誘われるということも少なくありません。アート・ブレイキーのジャズメッセンジャーズで演奏していたウェイン・ショーターがマイルス・デイビスのバンドに引き抜かれたように。


1979年、日野さん最大のヒット?

ジャズにハプニングは付き物

こういう自由度の大きい音楽ですので、ジャズのライブでは思いがけないハプニングは避けられません。何コーラスのソロを取るかも各ミュージシャンに任されている場合が多いので、今回の日野さんの事件のように、特定のミュージシャン(今回はドラマー)が長いソロを取り過ぎて、周囲が困惑するということも実際にあります。

また、ソロのパートになると、演奏の自由度が一気に高まりますので、一部のメンバーが、曲のどこを演奏しているのか見失うーということも時々あります。

こうした場合どうするのか? 私の場合には、視線で合図を送ることが多いですが、それでも通じない場合には「今はFのコードの部分を弾いている」口頭で具体的に伝えることもあります。

面白いのは、演奏が混乱してミュージシャンが焦っている場合でも、聴衆は全くそれに気付かないということが少なくないということです。聴衆は「こういう演奏、編曲なんだろう」と思って聴いているのでしょう。思いがけないハプニングがあっても動揺せず、聴衆に気づかせない形で、無事に演奏を終了させることも、ミュージシャンの技量のひとつです。「終わり良くしてすべて良し」というわけです。

今回の日野さんの事件では、ドラマーが突然に強烈な自己顕示をしたくなって、長いソロを取り出し、演奏が混乱したということのようです。ジャズでもオーケストラの場合は、メンバーが多いこともあって、4-5人の小グループの演奏よりも、全体のまとまりが重視されます。おそらく全体の演奏時間も、演奏する曲数も、誰がどれだけソロをとるかも(ドラムソロも含めて)前もって決められていたと思われるので、突然のドラマーの「暴走」に他のメンバーは面食らったことでしょう。

今回の場合、日野さん自身が乗り出してドラマーの演奏を止めましたが、一般的によくやるのは、トランペットやサックスなどバンドのフロントラインの楽器が強引に割り込んでいってテーマに戻すーというやり方です。こうなると多勢に無勢で、自己主張を続けたいメンバーも、全体に合わせざるを得ません。

先に指摘したように、ジャズは極めて個人的な音楽ですが、自分が自己主張するだけでなく、他のメンバーがソロをとっている時には、それをサポートする。バンドのミュージシャンが各々自己主張しつつも、バンド全体のまとまりも念頭に置きつつ、盛り上げていく音楽だと思っています。

事件にめげずイベント存続を

ドラマーの少年は日野さんが直接目をかけているようなので、おそらく相当に才能ある人なのでしょう。最近の若いジャズミュージシャンについては、昔のミュージシャンに比べて拡大に腕は上がっています。ジャズの教材や教室も格段に良くなっていますし、楽器も比較的安価で良いものが入手できるようになりました。海外の有名音楽院私を出た人も星の数です。

1970年代に、楽器も高価かつ入手困難で、教えてもらえる機会も少なく、試行錯誤の繰り返しで演奏してきた私のような者にとって、現在の環境は本当に羨ましい限りです。

最後に日野さん自身についてですが、1942年10月25日生まれですので九星気学では四緑木星という星になります。早くから芽がでる運気ですが、ミュージシャンとしての人気度、勢いから判断すると1970-80年代がピークだったという気がします。

今年は「改革運」(無駄と無理に注意する時)に入っており、不本意な出来事に遭遇しやすい運気です。 野田聖子総務相、今年辞任に追い込まれたパククネ韓国大統領、ワイドショーを賑わしている船越英一郎氏も同じ星です。ワイドショーでは今後もあれこれ議論がありそうですが、日野さん主導の青少年向けジャズイベントが今後も存続することを願っております。