先の自民党総裁選挙で敗れた石破茂氏が、自身の派閥の会長を辞任することになりました。
過去に4度総裁選挙に出馬してすべて敗北、しかも今回の得票数は最下位に留まりました。辞任は政治家としてのけじめと言えるでしょう。
しかし私から見れば、石破氏は、来年にも実施される自民党総裁選挙への5度目の出馬に依然未練を残しているように見えます。
その根拠の一つは依然として未決定の派閥の後任人事です。石破氏は派閥の長老的な存在である鴨下一郎元環境大臣に後任をお願いしたとのことですが、鴨下氏は固辞しました。
鴨下氏は石破氏の9歳年上で、私も記者時代にインタビューをしたことがありますが、落ち着いた大人(たいじん)の風格を持った方です。しかし、これから総理総裁を目指す人としては勢い、エネルギーに欠けると言えなくもありません。
ではなぜ鴨下氏に後任を打診したのかと言えば、これは私の憶測ですが、来年の党総裁選挙にまた出馬したいという強い意向が石破氏にあるためではないかと考えられます。実際、石破氏は来年の選挙に対する姿勢を明言してはいません。
来年、石破氏にまたチャンスが訪れるようなことがあれば、長老格の鴨下氏はいつでも会長役を石破氏に再び譲ることも想定されます。そうなれば石破氏の5度目の総裁選挙出馬も可能となります。
一方、同派閥の有力議員、例えば斎藤健元農水大臣とか平将明議員などが会長職に就いてしまうと、新会長を担いで派が結束して、将来の総理総裁を狙うという姿勢に一気に移行する可能性が強まります。そうなれば、その時点で石破氏の会長復帰の可能性は潰えてしまいます。
石破氏としては、大人の鴨下氏に会長を一時任せることで、いつでも自分が会長に復帰できるという道を残しておきたいのではないでしょうか。
この手法は、政治の天才と言われた田中角栄元総理が取った手法と似ています。角栄氏は、派閥の会長役を二階堂進氏のような長老的政治家に任せる一方、実権は自らが握り、若手が派閥内で力を持つことを極度に警戒しました。
そして総裁選挙では、田中派からは候補をたてず、他派閥の人材を担ぐという姿勢を取り続けました。
これは、いずれ機会があれば、自分が派閥の長に戻って、総理総裁に返り咲く可能性を残しておきたいため―との説も当時よく聞かれました。
しかし実際には、何年経っても自らの派閥から総理総裁候補を出せないという状況に、竹下登氏、金丸信氏、小沢一郎氏ら当時の若手議員たちは飽き足らないものを感じ、徐々に不満が昂じてきました。
ついに竹下氏らは、派閥内に創政界という勉強会を発足させ、その後、田中氏から決別しました。
この手法は、当時自民党内で最大派閥を誇った天才、田中角栄氏でもコントロールできなかった手法です。石破氏がやってもちょっと無理かな―と感じます。
鴨下氏が後任を辞退したことで、今後どうなっていくのか。
石破氏はあくまで、自分の将来の復帰の可能性を残すために、長老風の人に後任を据えたいと考えているのではないでしょうか。しかし、その長老が、鴨下氏同様に後任を固辞した場合には、会長不在という形が長びく可能性もあります。
そうなった場合には、派閥を抜ける議員も出てきそうです。また派閥内の若手が、実力ある議員を担いで、かつて竹下氏が行ったようなクーデターを起こすことも想定されます。
仮に石破氏の策が功を奏して、今後会長職に復帰して、来年の総裁選挙に出馬する可能性が出てきたとしても、総裁に選ばれる可能性は非常に低いのではないでしょうか。
来年出馬が考えられるのは、まずは菅義偉総理、そして岸田文雄元外相です。それに石破氏が加わる可能性もあります。
静かに、しかしスピーディーに改革を遂行しつつある菅総理が最有力候補とみてよいでしょう。
しかし岸田氏にもチャンスはあります。岸田氏は今回の総裁選挙では本命と見られていたにも関わらず、ダークホースの菅氏に敗れました。岸田派の古賀誠名誉会長を切り捨てられなかったことで、麻生太郎副総理の支援を得られなかったことが大きく影響したと言われています。
今回の選挙で岸田氏は菅氏に次ぐ2位となり、何とか名門派閥の候補としての面目を保ちましたが「公家集団で実戦に弱い宏池会」との負のイメージを印象づけてしまいました。同派は宮澤喜一氏(1991年―92年)以後、総理大臣を出していません。
しかし来年の岸田氏は、古賀氏とも決別し、今回の敗北の汚名をそそぐべく、派閥一丸となって死に物狂いの体制で選挙に臨んでくるはずです。
そうした環境下にあって、小派閥で党内でも人望のない石破氏がまた選挙に出馬したとしても、結果は見えているのではないでしょうか。
しかし石破氏が総理総裁になる可能性が絶無かと言えば、そうでもありません。
自民党の歴史を見てみれば分かりますが、党内が極度に混乱した場合には、それがチャンスになりそうです。
古くは、田中角栄氏が数々の疑惑で退陣した後に、椎名悦三郎副総裁の裁定という例外的な形で、小派閥の長だった三木武夫氏が総裁に選ばれたことがあります。
また昭和末期のリクルート事件の際には、有力候補者がすべてスキャンダル絡みだったこともあり、全く想定外だった宇野宗佑氏や海部俊樹氏が総裁に選出されました。
現在は国内的にも世界的にも非常な激動期ですので、自民党内の極度の混乱という可能性も除外することはできません。そうした混乱があった場合には、石破氏にもチャンスはあるかもしれません。
とはいえ、政治の王道という意味では、4度の選挙に敗れた石破氏は、派閥会長の座に連綿とするのではなく、将来総理になる可能性のある実力者に潔く会長の座を譲るべきと考えますが、如何でしょうか。