急激な円安が問題になっています。20日には一時、米ドルは129円を上回りました。
上のグラフ(C3)をみても、足元での円安がいかに急激なものかがよく分かります。
円安はかつては、輸出企業の収入をかさ上げして利益改善につながるということで歓迎されものです。しかし昨今は輸出企業による生産設備の海外移転もあり、以前ほど円安からの利益を享受できなくなりました。
一方で、円安は原油、食料など輸入品の円ベースでの価格を押し上げるために、国内的には物価上昇につながります。インフレという現象が消費者の財布を直撃することになります。
また外国人投資家が日本の株・債券を保有していた場合、円安だと、元の通貨で換算した場合に資産価値が目減りするという作用もあります。そうなると、海外投資家の日本株売り、円売りに加速がつくことも予想されます。
こうした点もあり、鈴木財務相も現在の為替動向については「悪い円安」と決めつけています。
こうした中、急激な円安阻止のために財務省が円買い・ドル売りの為替介入をするのではないか-との憶測が一部で出ています。
韓国など新興国では頻繁に介入しているようですし、また中国などは、ほとんど通貨当局がレートを設定しています。
しかしResearch76では、財務相による介入は無いのではないかと見ています。
米ドル、ユーロ、英ポンド、日本円など、国際的に使用される頻度の高い通貨については、その通貨当局がむやみに介入すべきではないという不文律があります。
介入は他国の理解が得られにくいのです。それもあって円相場に対する介入は2011年後半以後行われていません。
また過去の経験からも、介入しても、その効果は一時的なものに終わるのではないかと見ています。
ところで、今回の急激な円安の原因ですが、これは非常にはっきりしています。
多くの国が、コロナ禍や欧州での戦争でひきおこされたインフレを抑制しようとして、金融政策を引き締めているのに対して、日本だけが、長年続いているデフレを終わらせようとして金融緩和を続けているためです。
上のC6のグラフでも分かりますが、このところ米国10年物国債の利回りが急上昇し2.9%を付けています。米国の中央銀行であるFRBは、今後強力に金融を引き締めることを既に明らかにしているためです。
一方、日本の10年物国債利回りも上昇しているものの0.24%程度で、その上昇スピードは緩慢です。日銀が未だにデフレ退治のための金融緩和を進めているためです。
日米の金利差は先週末時点で2.66%ポイントまで拡大しました。ドル円相場は日米の金利差で決まるとよく言われますが、両国の金利差(金融政策の差)がそのまま為替相場に出ていると言えます。
日銀は「物価安定の目標」である2%の消費者物価(CPI)の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで緩和を継続するとしています。しかし3月時点のコアCPI(生鮮食費を除く)は前年比プラス0.8%にとどまっています。
こうしてみると、2.0%までの道のりは遠く、当分は日銀の金融緩和は続き、そのために円は売られ続けるという予想もなりたちます。
しかし実際には、意外に早い時点で日銀が政策変更に追い込まれる可能性もありそうです。
一部のエコノミストの間では、4月以後、年内はコアCPIは2%前後の動きが続くという見方もでています。
食料品の価格上昇が加速すること、携帯電話通信料の下落幅が縮小すること、円安の物価押上げ効果がより顕在化すること-などのためです。
実際にそうなれば、消費者から物価高に対する怨嗟の声が高まることが予想され、金融政策転換の追い風にはなりそうです。
物価上昇率が2%程度になった場合には、政治家からの圧力による政策転換の可能性も否定できません。日銀は非常は優秀な人材の集団ではありますが、政治家からの圧力に弱いという面もあります。
2013年1月の日銀政策決定会合では、事実上のインフレターゲットに当たる「物価安定の目標」を突如として導入しました。
当時の日銀総裁だった白川方明氏はインフレターゲットに極めて懐疑的で、その導入を渋り続けましたが、任期満了の直前に導入を決定しました。
その背景には(日銀は否定していますが)政治家からの強い圧力があったと見ています。
2011-12年頃といえば、現在とは逆に、東日本大震災後の急激な円高(1米ドル=70-80円台)に日本経済が苦しめられた時期でした。
「2%程度の物価上昇などたいしたことではない、その程度で消費者が騒ぎだすとは思えない」と思われる方もおられるでしょう。
しかし2008年の夏頃に物価上昇率が2%を超えたことがありましたが、インフレの無い状況に慣れ切った日本人の目には、かなり大きな物価上昇圧力と映ったものです。なにしろ、1993年以後で、年間のCPI上昇率が2%を超えたのは消費税の引上げがあった2014年(プラス2.6%)だけなのですから。
今回、再び2%近くの上昇率が続けば、2%超えが定着しない状況であっても、消費者の間で相当に怨嗟の声が出ることも予想されます。
その時は政治家が動きだし「庶民の生活を苦しめる日銀を成敗する」という錦の御旗のもとに政策転換圧力を強めることも予想されます。
4月以後の為替動向、物価、消費者心理に、そして短期的には今週の日銀政策決定会合とその後の黒田総裁会見に、注目したいと思います。