毎日2回の会見は激務
菅官房長官とのバトルで「時の人」に
ネットニュースを見ていると、菅官房長官と、ある新聞社の女性記者との会見場でのバトルがしばしば取り上げられています。菅氏の「もっと勉強してから質問して欲しい」という言葉にもめげず同じような質問を繰り返しているようです。「根性がある」と評価する向きもあるようで、名前も写真も出回るようになり「時の人」という感じになっています。
この女性記者の行動で思い出すのが、過去に私が遭遇した何人かの同僚記者です。記者というものは大きく「突撃型」と「思索型」に分けられると思います。突撃型は、あまり背景を勉強しなくても、物怖じせずに政治家などに近づいていって直接的な質問ができるタイプ。政治記者に多いですが、政治家などと意気投合して思わぬ特ダネをとってくることもあります。
一方、思索型は、事の背景をある程度勉強してからでないと質問できないタイプで、経済記者に多いです。キャリアを積めば、官僚などに話を聞かなくても、経済データをみただけで記事が書けるようになる場合もあります。
勿論、多くの記者はキャリアを積むにつれて、両方の要素を兼ね備えてくるわけです。「どちらか一方にはっきり分類しろ」と言われれば、件の女性記者は、さほど勉強しないでも質問しているようですし、典型的な突撃型のようです。
突撃型は即戦力
政治記者と経済記者では違いがあるとは思いますが、私は典型的な思索型でした。このブログでも、通産相時代の森喜朗元首相に廊下で質問をした時に足が震えた話、やはり通産相時代の橋本龍太郎元首相に「勉強不足」を指摘されて、他の記者もろとも押し黙ってしまった話も紹介しました。とても突撃型の才能はありませんでした。
記者時代の一時、私は通産省(現経産省)担当でしたが、当時の懸案だった日米自動車協議や為替動向などについて「あれを聞け」「これを質問しろ」と会見の直前に上司に命ぜられたことが多々ありました。ところが私の性分では、ある程度背景を勉強してからでないと質問できません。実際、橋本通産相(当時)は、記者の質問に対して「その質問はどういう意味か?」と質問で返してくる場合が多くありました。ところが背景をある程度勉強していないと、その逆質問に応えられないわけで、結局は通産相から「勉強してから質問しろ」と冷ややかな目で睨まれること(これは本当に怖かった)が多々ありました。それに比べると、菅さんは優しいですね。
新聞社や通信社の上司が、新人の記者に対して大臣に「あれを聞け」「これを聞け」と命ずることは、その新人が「即戦力として使えるか否か」を見極めるためにも必要なプロセスかもしれません。そうした意味で、即戦力として使えるのは断然、突撃型の方です。
私の同僚にもそういう典型的な突撃型記者がいました。当時の有力な政治家を顔見知りになり、色々な経済・金融について質者をして、その答えをすぐに速報として配信するわけです。そうした速報で為替相場や株価が動いたことも何回かありました。記者としては大変な手柄、功名です。「株価がxxx円を上回るきっかけとなる速報を出したxx記者」というわけです。そうすると営業部門はすかさず、速報で相場が動いたという事実を販売促進に活用します。「うちのニュースを見ていないと、相場の動きについていけませんよ」とか言いながら。
晩成の思索型
一方、思索型の方は若いうちは「使い物にならない」と思われがちです。政治家などに正面から切り込んで質問するのも、相手の懐に飛び込むのもうまくありません。しかし年月を経て頭角を現し、記者として長く生き残るのは思索型が多いと感じます。
思索型は、突撃取材が下手なうえに伸びが遅く、常にリストラ対象に挙げられていることを自覚しています。特に外資系通信社ではそうです。しかし、その分、何とか早く戦力になろうとして、自分の専門分野の勉強には必死になります。そうして時が経つと、実力も自信もついて官僚連中を唸らせるような良い質問ができるようになります。私の場合は経済統計の知識を磨くことに努力しました。そのことで市場の多くのエコノミストに教えを頂きましたが、今でも有難く思っています。
生き残るのは?
突撃型の方は、当初は上司に「コイツは使える」と思わせます。しかし色々なことに便利屋として使われているうちに「自分の仕事はこれだけで良い」と思ってしまいがちになります。記者会見などで長い質問、厳しい質問をして大臣などを立ち往生させることもあり、本人の功名心やプライドは満足しますし、実際一時期スター扱いされた人もいました。しかし実は、それがくせ者なのです。
大臣連中を論破して陶酔感に浸って時間を費やしているうちに、より深い勉強を怠る、あるいは勉強の時間が無くなる—ということになりがちです。20-30歳台の若い時は良いですが、それ以上になると体力も徐々に衰えてきますし、若い時と同じ働きはできなくなります。そうなると、やはり突撃型の若い人に取って代わられてしまいます。ここで、専門知識を磨いてこなかった報いが(特に経済記者の場合は)一気に表面化します。
また突撃型記者が力を発揮できるのは、あくまでxxx新聞社所属、xxx通信社所属という代紋、名刺があってのことです。それが無ければ通常は、記者クラブの会見にそうそうは出席することはできません。
私の同僚だった突撃型記者も、一時はかなり高い評価を受けていましたが、最後は使い捨てのような状態になってしまいました。人生の栄枯盛衰は政治家、企業家や官僚だけのものではなく記者にもあります。この同僚記者もネットで名前を検索すると、独立して仕事を続けているようです。かつての同僚としてご健闘をお祈りしたいと思います。