脱デフレのカギを握る?

脱デフレに必要な堅調な賃上げ

これから徐々に来年の春闘に向けた動きが本格化してきます。それを前に安倍首相が産業界に対して、3%程度の賃上げを期待するという要請を行いました。賃上げの要請は5年連続ですが、数字を挙げるのは初めてとのことです。

脱デフレを意識してのことでしょうが、政府のこうした介入は、自由な市場経済行動を阻害するとして、一般的には好ましくないこととされています。しかし、それでもなお首相が敢えて申し入れをすることの意義を考えてみたいと思います。

先週末に発表された10月のコアCPI(生鮮食品を除く)は前年比プラス0.8%と、消費税率引き上げで物価が上がった2015年3月(プラス2.2%)以来の高い伸びとなりました。しかし政府・日銀が目標とするプラス2%にはまだ距離があります。また2%達成には賃金の堅調な引上げが不可欠という見方もあります。

ここで賃金の情報幅とコアCPIの関係を見てみましょう(Cx参照)。このグラフは毎年の大手企業の春闘賃上げ率(経団連発表)とコアCPIの前年比変化率を比べたものです。コアCPIの変化率は消費税の引き上げやリーマンショックなどで段差が見られますが、そのトレンド線(オレンジ色の点線)をみると、コアCPIとの強い相関が見られます。実際、両者の相関係数をみると0.78(1.0に近いほど相関が強い)とかなり高い数字となっています。

つまり春闘の賃上げ率はコアCPIに、さらに脱デフレに大きく影響するということです。単純に言えば、来年のコアCPIが今年を上回り、着実にプラス2%に近づいていくためには、来年の春闘賃上げ率は、少なくとも今年のプラス2.34%を上回る必要があるということです。ですので、首相の言う3%も根拠のある数字です。仮に来期の春闘賃上げ率が今年を下回るという事態になった場合は、コアCPIのさらなる上昇や脱デフレに黄色信号が灯る可能性があります。

賃金と利益の伸び率格差、2000年以後拡大

日本企業は賃上げに慎重過ぎるのではないか−との見方があります。その点も、やはり先週末に発表された法人企業統計から見てみましょう。下のグラフ(C1)は人件費と営業利益の前年比変化率を2000年以後、四半期ごとにプロットしたものです。

予想されたことではありますが、利益の変動は非常に大きく(特に2008-2010年のリーマンショックの影響があった時期は)、人件費のそれが比較的小さいのが見て取れます。経済状態が悪いときでも、それが社員の生活に直接悪影響を与えないように−との会社側の配慮が感じられます。リーマンショックの悪影響が顕在化した2009年第1四半期は利益が前年比マイナス80.8%でしたが、人件費はマイナス7.8%にとどまっています。 一方で、利益が大きく伸びている時でも、人件費は伸びていません。

2000年以後はITバブル崩壊、イザナミ景気、リーマンショック、東日本大震災など色々ありましたが、その期間の毎年の利益の変動率は平均でプラス9.7%と高い数字となりました。しかし人件費の方は増えるどころか、マイナス0.3%とむしろ減少しています。ちなみに17年第3四半期も営業利益が前年比プラス15.7%と、人件費のプラス3.2%を大きく上回っています。

また2000年以後、人件費を営業利益で割った数字を見てみると(C2)、四半期ごとに変動が見られるものの、長期的トレンドとしては徐々に低下しているのが分かります。つまり、この17年間で営業利益は相対的に増加、人件費は縮小ということです。その結果、企業の利益の累積である利益剰余金は2017年に入って前年比6%以上増えて、390兆円程度(日本の実質GDPの約7割)と過去最高水準にあります。

 

首相はトヨタ社長との直談判を

こうして見ると日本企業は、リーマンショックなどの影響もあった点を割り引いても、賃上げには非常の慎重であることが分かります。私が記者時代を振り返っても、業績の良い時期であっても企業の人は「今はいいけど、来年はわからない」「今後は不透明だ」などと言って危機感を煽り、結局賃上げは最小限に留めるということが多かったと感じます。

脱デフレに向けて、ある程度以上の賃上げが必要不可欠ですが、ほっておけば賃金上昇率は低いままにとどまってしまう−という危惧もあり首相が乗り出してきたわけですが、首相は、財界、産業界、経団連という集団に対してよりも、特定の1人物を呼び出して、1対1で直談判するほうが効果的と感じます。その相手こそトヨタ自動車の豊田章男社長です。

というのは日本企業の賃金はトヨタのそれがベンチマークになっているからです。トヨタの賃上げ状況を横目で見つつ、他の自動車メーカーは賃金を決めますし、それを見て、電機、機械、鉄鋼など他の製造業が賃金を決め、またそうした動向を見て他の産業も賃上げを決める傾向があります。

豊田章男氏は1956年5月3日生まれですので九星気学では八白土星という星になります。今は「躍動運」(積極的に努力して希望が叶う時)で強い運勢です。また来年は「福徳運」(誠意と熱心さで万事が好調の時)へとさらに強運になります。一白水星の安倍首相とは相性は良くありませんが、ここは脱デフレへの大事な時期ですので、好きだ・嫌いだなどと言っていられる局面ではありません。

脱デフレの動きが今後本格化するのか、頓挫してしまうのか—。豊田社長はそのカギを握る人物と言えそうです。来年のトヨタ自動車、そして春闘賃上げ率、脱デフレの試金石として注目です。