身売り・買収のニュースに安心感

先週末の経済紙に、再建を目指している東芝から人材の流出が相次ぎ、それが止まらなければ再建も難しいのではないか—との記事が出ていました。会社が傾いて、それに伴い人材が流出する、私もかつて似た状況に遭遇したことがあるので、それについて書いてみたいと思います。

これまで数社の外資系の経済通信社に勤務して、経済記者として記事を英語、日本語で書いてきました。2001年のこと、私の勤務する会社が傾きました。日系もしくは外資系の企業が買収するという話でした。

買収のニュースを聞いた時に、不謹慎かもしれませんが、正直言って嬉しく思いました。というのは、私は1992年にその会社に入ってから01年まで9年間、かなりハードに働いてきて、疲れきっていたのです。自ら決断して辞めればよかったではないか、休めばいいではないか—という声もあるでしょう。

しかし1992年に前の会社をリストラされて、それがトラウマのようになっていた当時の私には「自ら辞める」というのは全く考えられない選択でした。社員が非常によく働くMotivationの高い会社ではありましたが、慢性的に人不足で、常時病欠の人がいるという状態でした。

働いていた記者の間で、仕事の負荷に違いがあったとは思いますが、私も9年間にわたり毎日10時間以上働き続け疲弊していました。40歳台に入り「いつまで働けるかな」と暗澹たる気持ちになったことも2度や3度ではありません。こういう状態ですので身売り・買収のニュースを聞いたときは、今後の心配よりも、長く苦しいマラソンの終点が見えた嬉しさが先行していました。

身売り発表後、浮足立つ社員

買収してくれる会社があるといっても、うまい話というものは無いものです。現在勤務している社員全員を引き受けることはできないというのです。社内の上の人からも、自分で行先を決めて、辞めても構わないという通達がありました。

次の行き先がスムースに決まる人もいましたが「誰が会社に残れるのか?」「誰が辞めるのか?」と社員全員が疑心暗鬼となり浮足立ちました。沈みゆく船からどうやって脱出しようかという話です。仕事への集中どころではありません。こういう時、残念な話ではありますが、その人の「本性」が見えてきます。

まず会社全体が「草刈り場」となり、仕事のできる人には同業他社からの引き抜きもありました。今の東芝もその状態なのでしょう。他社から声のかからなかった人にはさらに不安が募ります。次の行き先のある社員と、そうでない社員の微妙な反目もあり出てきますし「社員Aが他社の誰それと会ったらしい」という噂も飛び交います。

そうした末期的状況でも、半分以上の記者はいつも通りの働きを続けていました。しかし次の行き先が容易に決まらない人のなかには、次の行先を探すと称して(もしくはやる気をすっかり喪失して)出社しなくなる人も出てきます。そのうちに、電話しても連絡がとれなくなり、業務にも支障がでてきました。

結局、次の会社に引き取ってもらえた記者は、全体の4分の1もいなかったと思います。新会社に移行した後も色々ゴタゴタがありました。当時も社員の中では年長だった自分が、もっと多く人を新会社に移行するべく、できたことがあったのではないか—と忸怩たる気持ちになることが今でもあります。いろんな意味でしんどい経験でした。

幸いなことに、この時に会社を去った人も、多くは後に良い就職先を見つけて仕事を続けています。一方、職場放棄のような形になった人たちのその後は杳として知れません。

この時ほど厳しくはありませんでしたが、その後も、勤務している会社が買収されるということが数年後にあり、結局トータルで9社に勤務することになりました。買収されたりすると、当然会社の名前も、オフィスの場所も、上司も同僚もすべて変わります。企業カルチャーの違いにとまどうことも多かったのですが、買収された側の人間ですから、買収した会社に合わせてやっていくしか道はありません。

見極めるべきはカネより会社のカルチャー

買収されるとか、引き抜かれるとか、あるいは自分の意志で、次の会社、特に外資系に移るなどする時の心得を、私の経験から思いつくままに書いてみたいと思います。

まずカネで動いてはいけないということです。引き抜きなどの場合、以前よりも収入が上がることが多いと思いますが、1-2割程度の上昇なら、職場状況など、その他の条件を見極めてから動くのが良いでしょう。外資系企業では引き抜きで会社を移動する人が多いのですが「カネで動いて失敗した」という話はよく聞きました。

サラリーが上がっても、福利厚生でかなり見劣りする場合もあります。さらに残業代の申請ができにくい雰囲気のある会社もあります。私の場合でも外資系に勤務している間、残業代を申請した経験はほとんどありません。そういうことができにくい雰囲気があったのです。外資系とは言いながら、日本的ではありますね。

サラリーよりも見極めるべきなのは、会社のカルチャーだと思います。組織で動く会社なのか、個人プレイを重視する会社なのか—この点は重要です。私の場合、これまで勤務した会社で居心地が良かったのは、いずれも小さい会社でした。外資系と言っても、世界全体で100-300人程度のスケールの会社です。コピー取りなど雑用も自分でしなくてはいけませんが、大企業よりも、自分の仕事の自由度が高いのが気に入っていました。

一方、大きな会社優れた点が多いのですが、記事を書くにしても、他の担当者の縄張りを侵すことの無いように配慮しなくてはいけません。私には、これは結構面倒でした。

「おっさん」には厳しい?外資系企業

日本の大企業に長く勤務して、ある程度のポジションについた人、日本企業のやり方が身についてしまった人など、いわゆる「おっさん」(私もそうですが)が外資系に移る場合は特段の注意を要します。時々はリストラがあるものの、日本の大企業というものは「おっさん」にとって非常に居心地の良い場所と感じます。そういう会社は組織も福利厚生もしっかりしていますし、組織もしっかりしており、年長者には敬意を払ってもらえます。しかし、それが当たり前だという認識で他社(特に外資系)に行くと「こんなはずじゃなかった」ということになりがちです。

まず第一に注意すべきことですが、外資系企業にいくと、まず試用期間というのが3カ月なり、6ケ月あります。その期間に会社は、新社員の能力・適性を見極めるわけですが、その期間中に能力が十分でないと会社に判定された場合には、そこでクビにされてしまうことがあります。実際に私も、他社から引き抜いてきた社員が試用期間後にクビにされるという事例を何度か見てきました。

外資系では、以前いた会社の大小や、課長・部長などのポジションよりも「何ができるのか」が勝負になります。私がかつて働いていたある外資系通信社でも、経済・金融情報に詳しいということで日銀の人が応募してきたことがありますが、英語で記事が書けない、書くのが遅い—ということで採用されませんでした。

外資系に行くと、先ほど指摘したように雑用も自分でしなくてはいけない場合が多くなりますし、資料作りにしても、自らエクセル、ワードなどを駆使して作らなくてはいけません。「新たなスキルが身について良い」と肯定的に考えられる人はいいのですが、そういうことをしてこなかった「おっさん」には結構な負担でしょう。

上司が自分よりも年下ということも良くあります。私の場合、勤務したほとんどの会社で、上司は私よりも年下でした。上司が9歳年下ということもありました。私は気になりませんでしたが(慣れましたが)年下に頭が下げられない人にとっては苦痛でしょう。

年下の上司ですから、どうしても自分より経験不足ですし、アラも目につきます。しかし、そこで上司の経験不足などを指摘したりしてはいけません。自分に悪気は無くても、メンツを傷つけられた—と感じる上司は少なくないようです。その結果「使いづらい部下」とされてリストラの対象になることもあります。年下の上司に仕える部下もやりづらいですが、年上の部下を持つ上司もつらいものなのです。

また外資系では、自分よりも若く見えても、会社内では上のポジションの人ということは良くあります。「おっさん」は自分より年上なら「さん」付けで、年下とみると「くん」付けで呼ぶ傾向がありますが、これは危険です。私もいつの頃からか、人を呼ぶときは年齢とは無関係に「さん」付けで呼ぶようになりました。

女子社員への対応も要注意です。外資系では、女子だろうが男子だろうが「同じ社員」とい気持ちが大切です。日本の会社のようにお茶出しやコピー取りを女子社員に気楽に頼むということは考えられません。実際に、英語をはじめ(英語については男子よりも女子の方が能力的に上と感じます)プロフェッショナルとして優れた技量を持った女性社員が少なくないのです。また日本企業に比べて、女子社員率が高いので「おっさん」だけですべて都合よく決められるということはありません。

かつて私の上司だった方も、メガバンク出身だったのですが「おっさん」度の高い人だったせいもあり、女子社員との対応には非常に苦労していました。日本の大企業では「おっさん」に対して寛容な女子社員が多いでしょうが、外資系では必ずしもそうではありません。

引き抜きの場合には、以前よりも小さい会社に行くこともあるでしょう。その場合、組織とか福利厚生面で見劣りするでしょうし、不満もあるでしょう。「以前勤めていた会社では—」と言いたいこともあるでしょうが、それは当然禁句です。移ってからしばらくは、新たな勤務先のカルチャーを「学ぶ」という姿勢が大切です。新会社で円滑に過ごすには、心身をこわばらせること無く、いつも柔軟に維持することがコツと感じます。

こうして見ると日本の「おっさん」にとって日本の会社はかなり居心地の良い場所と言ってよいでしょう。よほどの事情が無い限りは外資系に行くのは慎重であるべきと考えます。どうしても行きたい場合でも、上に述べたような条件について慎重に考えることをお勧めします。