蒙古の怪人

裏切り者Cへの殺意


先日、元プロレスラーのキラーカーンこと小沢正志氏の本「蒙古の怪人、キラー・カーン自伝」を読みました。1960年代後半の馬場・猪木時代以来のプロレスファンでもあり、レスラー(特に昭和の)の本は多く読んできましたが、この本も中々読み応えあしました。

まず驚かされたのが、キラーカーンがプロレスを引退して、もう30年にもなるという事実です。まだ10年くらいかなと思っていただけに、30年という数字は驚きでした。光陰矢の如し、自分も年をとるはずです。またカーン氏は190センチを超える巨漢で、現役時代は大型ブルファイターとして鳴らしたのですが、それとは裏腹に、意外に繊細な心の持ち主であることも分かり、これも驚きでした。

新聞の評価によれば、この本は記録としても意義もある—ということでしたので、読んでみたのですが、確かに、彼の目に、馬場、猪木をはじめとする当時のトップレスラーがどうみえていたのかも分かって興味深いものがあります。

特に衝撃的だったのは、1980年代にジャパンプロレスを立ち上げた同僚レスラーC(ジャンボ鶴田、藤波、天竜の同世代のスター選手。と言えば、プロレスファンならお分かりですよね)の裏切りに腹を立てた小沢氏が包丁を買い、実際にCを殺めようとしていた—というくだりです。

小沢氏は、Cの裏切りに衝撃を受けて‘プロレス界に留まれば、Cと同じような人間だと思われてしまう’ということに強い嫌悪感を覚え、当時のスーパースターであるハルク・ホーガンの諫言も聞かず、衝動的とも言える引退を決定めてしまいます。1987年のことです。私も経験がありますが、そうした程度の低い人間と同じ場所にいたくない—という気持ちは良く分かります。しかし、それを本気で殺そうと思うほどの小沢氏の怒りの大きさに戦慄を覚えた次第です。

元レスラーの本というものは、過去の様々な事件について「アイツが悪かった」「アイツのせいだった」というような他者への批判が付き物ですが、良し悪しはともかくとしても、ここまで特定のレスラーに対する感情を赤裸々に吐露している例はそうはありません。詳しくは小沢氏の本の最後の方をご参照ください。

大事なのは人間性

色んなレスラーの本を読んでいると、何のビジネスでもそうかもしれませんが、プロレスも所詮は「カネがすべての世界」、生き馬の目を抜く世界であることが分かります。しかし面白いのは、そうした環境にも関わらず小沢氏が、レスラーとして成功するか否かを決めるのは「人間性」だと断言している点です。

ご存知の通り、プロレスは純粋なスポーツではありません。自分の技も出して観客にアピールする一方、相手の大技も正面から受けて、相手の良さ・強さも引き出して観客を興奮のるつぼに叩き込む—というスポーツです。相手の危険な大技に身をゆだねるということは、レスラーとして致命的なケガを負う可能性もあるわけで、お互いによほど人間的な信頼感が無くてはできないことです。相手の大技を正面からまともに受けて、亡くなってしまった三沢光晴選手の例もあります。

だからこそ、良いファイトを観衆に見せるには、この信頼感が必須となってくるというのです。この「人間性」の重要性については、小沢氏と同様に、かつて日米マットで大活躍したマサ斎藤選手も指摘しており、非常に興味深く感じました。カネがすべて、裏切りは日常茶飯事—という環境下にあっても、そうした人間性が重視されるあたり、一服の清涼剤のように感じました。


気合だ、気合だ!

13の屈辱試合

この「人間性」の良さという点で思い出すのが、女子アマレスの浜口京子さんの父上であるアニマル浜口選手です。そう、「気合だ、気合いだ、気合いだ」のおじさんです。小沢氏によれば、浜口氏はこの「気合だ」を1980年代中盤ころには既にやっていたということです。

浜口氏もレスラーとして苦労の多かった方です。元々、馬場、猪木のような派手さ、スター性はありません。1960年代に国際プロレスで活躍していましたが、この団体も馬場、猪木が当時在籍していた日本プロレスに比べてずっとマイナーな団体でした。その後、スター不在もあり、国際プロレスは解散。自らの居場所を失った、国際プロレスの浜口氏やラッシャー木村氏らは、馬場が設立した全日本プロレス、猪木が設立した新日本プロレスへの参加を余儀なくされます。

ここで私が忘れられない試合があります。それは、新日本プロレスでの、アントニオ猪木対元国際プロレス勢3人(浜口、木村、寺西勇)という1対3の変則マッチです。私はこの試合のことを聞いたときに、人生の厳しさを知る一方で、猪木をトップとする新日本プロレスの「国際プロレスの落武者」への仕打ちのひどさに強い怒りを覚えました。

1対3の試合—。まともにやれば、どちらが勝つかは容易の創造できます。それでもこの試合を行うということは、元国際プロレスの3人に対して「お前らは3人で一人前」と言っているに等しいということです。浜口氏らにとっては屈辱的な試合だったはずです。試合は当然、浜口氏らが勝利したわけですが、決して気持ちのいい勝ちではなかったでしょう。

一方、全日本プロレスでは、新日本プロレスほどの無慈悲な扱いは無かったと記憶していますが、社長の馬場さんは、外人レスラーのギャラはちゃんと払うが、外様の日本人レスラーには割に厳しい—として知られる人物でもあります。やはり、浜口氏らはかなり苦労されたと想像されます。

そうした外様の苦労にもかかわらず、浜口氏からは、1対3の試合を含めて、馬場や猪木を悪く言うのを聞いたことがありません。そのあたりに彼の人間性の良さを感じます。こうした点を神様も評価したのか、同氏は後に、女子アマレスのオリンピックメダリストとなった浜口京子氏を育てます。

京子氏は、同じ女子アマレスの吉田沙保里や伊調馨のような「闘将」でも、天才肌でもありません。「気は優しくて力持ち」というタイプに見えます。しかし幾多の挫折を乗り越えた、彼女のひた向きな姿勢は、多くの日本人に勇気を与えたのではないでしょうか。父上の過剰な期待に応えて、本当によく頑張ったと思います。浜口氏の人間性の良さが娘にも伝わっているようで嬉しく感じます。

キラーカーン(1947年3月6生まれ)、アニマル浜口(1947年8月31日生まれ)、ともに九星気学では八白土星です。今年は「躍動運」(積極的に努力して希望が叶う時)でノッています。神宮館暦でも「善意と度量の広さで好感度も上昇」とあります。来年は「福徳運」(誠意と熱心さで万事が好調のとき)とさらに運勢が好転します。遅咲きの星でもあり、プロレスラー引退後の第二の人生に大輪の花を咲かせてファンを喜ばせて頂きたいと思います。良い本を読ませて頂きました。